シミュレーションのトビラ

シミュレーション技術に関する個人的メモ

EXCELでスピーカーシミュレーション(5)

5.粒子速度を求める

5-1.ドライバーユニットの粒子速度を求める

 前回、音響の振動について、音圧を変動させる要素をインピーダンスとして定義しました。これから、この音響インピーダンスを用いて、実際に空気の粒子速度Vを求める式を導出します。

5-1-1.機械的な力の釣り合い

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 ボイスコイルに電流Iを流すと、ボイスコイルを横切る磁力Bによって、振動板を上下に動かす力Fが発生します。この力Fは、ボイスコイルを横切る磁力B、流す電流I、ボイスコイルの素線の長さLに比例しますので、
 F=BLI

と表すことができます。
 一方、このように発生したFは、振動板等の質量やスチフネス、さらには振動板の前方にある空気等によって阻害されます。そのため、力Fは振動部分の機械インピーダンスzと、振動板から見た外部のインピーダンスz_0とによる力の損失と釣り合うことになります。釣り合わないと、振動板が吹っ飛ぶことになりますので、下記の等式が成り立ちます。
 BLI =(z+z_0)V

\therefore 0 = -BLI + (z+z_0)V \tag{20}

 Vは振動板の振動速度(=空気の粒子速度)で、zは振動系の機械インピーダンスz_0は振動板に対する空気の放射インピーダンス(うちわを仰ぐときに感じる抵抗感みたいな)です。

5-1-2.電気的な電圧の釣り合い


 電気的な観点からみると、ボイスコイルが振動速度Vで動くと、電磁誘導により電圧E'が発生します。発生する電圧E'は、ボイスコイルを横切る磁力B、ボイスコイルの素線の長さL、振動板の振動速度Vに比例しますので、
 E'=BLV

と表すことができます。
 一方、このように発生した電圧E'は、ボイスコイルの抵抗やインダクタンス等によって阻害されます。そのため、電圧E'はボイスコイルのインピーダンスZと、ボイスコイルからみた外部のインピーダンスZ_0とによる電圧の損失と釣り合うことになりますので、下記の等式が成り立ちます。
\begin{align} E &= E' + (Z+Z_0)I \\ &= BLV+(Z+Z_0)I \end{align}

\therefore E = BLV + (Z+Z_0)I  \tag{21}

 ZはボイスコイルのインピーダンスZ_0はアンプの出力インピーダンスです。

5-1-3.ドライバーユニットが発する音の空気の粒子速度

 式(20)と(21)を整理すると、下記の連立方程式となります。ここで、共通項であるBLを力係数(とか、フォースファクタ)と呼びます。

\begin{cases} 0 &= -BLI+(z+z_0)V \\ E &= BLV + (Z+Z_0)I \end{cases} \tag{22}

 連立方程式(22)をVについて解きます。式(20)を移項して
\begin{align} BLI &= (z+z_0)V \\ I &= \dfrac{z+z_0}{BL}V \end{align}

 これを式(21)に代入して
\begin{align} E&=\dfrac{(z+z_0)(Z+Z_0)}{BL}V+BLV \\  &=\dfrac{(z+z_0)(Z+Z_0)+(BL)^2}{BL}V \end{align}

\therefore V = \dfrac{BLE}{(z+z_0)(Z+Z_0)+(BL)^2} \tag{23}

 この式(23)が、ドライバーユニットが発する音の空気の粒子速度を求める式となります。

5-1-4.ドライバーユニットが発する音圧

 式(23)を式(1)に代入することで、ドライバーユニットを無限大バッフルに取り付けたときの音圧を求める式が完成します。
 ここで、
・機械インピーダンスzは、振動系の合計の質量m、合計のスチフネスs、合計の機械抵抗rの和
・放射インピーダンスz_0は、空気そのものの質量である放射質量m_aと空気の粘性抵抗である放射抵抗r_aの和
・ボイスコイルのインピーダンスZは、素線の導体抵抗R_cとコイルのインダクタンスL_cの和
・アンプの出力インピーダンスZ_0は、一般的にゼロ
とすると、式(1)は、

 p= j \omega \rho_0 \dfrac{S_d}{2 \pi r} \dfrac{BLE}{\{j \omega(m+m_a)+(r+r_a)+\frac{s}{j \omega}\}(R_c+j \omega L_c) + (BL)^2} e^{-jkx} \tag{24}

 この式(24)の各定数に具体的な数値を当てはめれば、音圧を計算することができます。

5-2.等価回路の導入

 上記のように連立方程式(22)を立てて振動速度Vについて解くのが機械工学的には正統派なんですが、インピーダンスのところでも説明したように、機械と電気の振動現象は等価に考えることができます。なので、電気回路を電流Iについて解くように、機械の振動現象を機械回路として表して、回路を解くことで振動速度Vを求めることもできます。これを等価回路という言い方をします。

5-2-1.ドライバーユニットの等価回路

 早速ドライバーユニットの各インピーダンスを等価回路にして振動速度Vを求めてみようと思いますが、実は各機械インピーダンスをただ直列に並べてもだめです。なぜなら、ドライバーユニットは電気的な方程式と機械的な方程式を、力係数BLを介して繋げています。その要素を盛り込んでやる必要があります。このときの表現としてよくトランスを用いた説明がなされます。ボイスコイル側の電気回路と振動系の機械回路との間に、変圧比BLというトランスが入るんだという考え方ですね。

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左側:電気回路 右側:機械回路
 式(20)の説明にもあったように、振動板を動かす力Fは、F=BLIでしたから、右側の機械回路の入力電圧にあたる力Fは、左側の電気回路のトランスに流れる電流Iに変圧比BLを掛けたものになるということですね。うまいことできてます。
 これを電気回路側から見ても同様のことがいえ、左側の電気回路のトランスに生じる起電力E'は、右側の機械回路の振動速度Vに変圧比BLを掛けたものになり、その起電力E'とボイスコイルとアンプの出力インピーダンス間の電位差(Z+Z_0)Iを足したものが、アンプからの入力電圧Eになるということです。
 そして、この二つの回路を機械回路側の回路にまとめると、下図のような等価回路になります。振動速度Vを求めたいので、機械回路側にまとめるわけです。
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等価回路
 ここで、\frac{(BL)^2}{Z+Z_0}というインピーダンスが付加されていますが、これは、ボイスコイルが振動速度Vで動いたときに生じる起電力E'で逆向きの電磁力が発生して振動速度Vを阻害することになるインピーダンス成分です。これを入れないと連立方程式を解いたことになりません。
 この回路を実際に振動速度Vについて解いてみます。この回路は簡単な直列回路ですから、回路全体の合成抵抗R_Tは、
R_T=\dfrac{(BL)^2}{Z+Z_0}+(z+z_0)

 よって、振動速度Vは、
\begin{align}V=\dfrac{F}{R_T}&=\dfrac{\dfrac{BLE}{Z+Z_0}}{\dfrac{(BL)^2}{Z+Z_0}+(z+z_0)} \\ \therefore &= \dfrac{BLE}{(z+z_0)(Z+Z_0)+(BL)^2}  \end{align}

となり、式(23)と一致します。
 振動速度Vを求めるのに必ず等価回路を使って解かなければならないわけではないのですが、なぜこのような等価回路という考え方をするのかというと、音響構造が複雑になったときに、キルヒホッフの第2法則を用いて連立方程式を立式しやすいからです。
 次は、ドライバーユニットを各種エンクロージャに入れた場合の振動速度(粒子速度)Vを、等価回路を用いて求めてみたいと思います。

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