シミュレーションのトビラ

シミュレーション技術に関する個人的メモ

EXCELでスピーカーシミュレーション(6)

6.様々なエンクロージャの粒子速度を求める

 前回、ドライバーユニットの粒子速度Vを等価回路を用いて求めました。今回は、冒頭で紹介した下図の3つのエンクロージャにドライバーユニットを入れた場合の、振動板の振動速度(空気の粒子速度)を求めてみたいと思います。

左から密閉型・位相反転型・ドロンコーン型

6-1.密閉型エンクロージャ

 スピーカーのエンクロージャで最も基本的なのが、密閉型のエンクロージャです。本来ドライバーユニットは、無限大バッフルに取り付けて音を出すことで、振動板の後方から発生する音と、前方から発生する音との干渉を防止します。そうしないと、互いに逆位相の音同士打ち消し合ってしまうからです。しかし、現実的に無限大バッフルというのは作れないので、バッフルを途中でポキポキと折り曲げて背面で繋ぐという形に行き着き、これが密閉型エンクロージャとなるわけです。


 密閉型エンクロージャは、振動板の背面にキャビネットによって密閉された空間が結合した構成になっています。この空間内の空気は、振動板が前後に動くことで力を受けます。すると、密閉された空気の塊は、まるで風船を手で押したときのように伸縮します。
 等価回路では、この伸縮性がスチフネスとなって振動板に直列に結合した回路として表すことができます。機械回路では、一つの質量体が動くときに同時にバネ性を発揮する構造物は直列で表し、バネを介して更に別の質量体が動くときには並列で表します。ドライバーユニットでは、振動板という質量体が動くときには、エッジもダンパーも同時に動きますので、質量とスチフネス、機械抵抗はすべて直列で接続していました。今回のキャビネット内の空気によるバネは、振動板が動くと同時に伸縮しますので、ドライバーユニットに直列に接続すればよいというわけです。
密閉型エンクロージャの等価回路
 実際には、空気の伸縮にも粘性抵抗等の機械抵抗が生じます。したがって、追加されるインピーダンスは、キャビネット内の空気のスチフネスs_cと、機械抵抗r_cとなります。よって、振動板の振動速度Vは、
 \require{color} V =\dfrac{BLE}{\{j \omega(m+m_a)+(r+r_a\textcolor{red} {+r_c})+\frac{s\textcolor{red} {+s_c}}{j \omega}\}(R_c+j \omega L_c) + (BL)^2}

となり、密閉型エンクロージャのスピーカーシステムの音圧は
 \require{color} p= j \omega \rho_0 \dfrac{S_d}{2 \pi x} \dfrac{BLE}{\{j \omega(m+m_a)+(r+r_a\textcolor{red} {+r_c})+\frac{s\textcolor{red} {+s_c}}{j \omega}\}(R_c+j \omega L_c) + (BL)^2} e^{-jkx} \tag{25}
となります。

6-2.位相反転型エンクロージャ

 位相反転型エンクロージャは、ドライバーユニットの背面から出る特定の低周波数の音の位相を反転させて放射することで、ドライバーユニットから放射される音に加算して低音を増強しようというものです。代表的なものとしては、密閉型にポート(筒)付きの穴が開いた形状のものがあります。キャビネット内の空気とポートの中の空気とによって、ヘルムホルツ共鳴器と同じ原理(ビール瓶に息を吹きかけるとボーっと鳴るアレ)でポート内の空気が共振し、その共振による空気の振動がポートから外部に音波として放出されます。
 普通に考えるとキャビネット内の空気は振動板の背面に結合していますので、振動板から外部に放出される音波と、キャビネット内に放出される音波=ポートから放出される音は、位相が逆相になります。しかし、共振している低い周波数に限っては、位相が反転して正相となってポートから外部に放出されます。


 このポートから放出された低い周波数の音波と、振動板から放出された音波とが合成され、特定の低音域が強調された音質になります。位相反転型を採用すると、安価な構造で低域を補強することができるため、世の中のスピーカーシステムの大半が位相反転型を採用しています。背面から出た低音を反射させるように放出するため、バスレフレックス型ともいわれます。
 位相反転型は振動板とポートの両方から音波が放出されるため、振動板とポートの2か所の粒子速度を求める必要があります。密閉型エンクロージャでは、キャビネット内の空気は、振動板が動くと同時に動くため、キャビネットのスチフネス等は直列でした。ところが、今回のポート内の空気はバネと呼ぶには体積が小さく、バネのように伸縮するまえに体積全体が一つの質量体として一体に動くと考えられます。そのため、ポート内の空気は質量体とみなすことができます。そうなると、ポート内の空気による質量体は、キャビネットの空気によるバネを介して接続される形となるため、等価回路としては直列ではなく、並列に接続する必要があります。ポートの外部の空気の放射インピーダンス等も同様です。よって、等価回路としては下図のようになります。
位相反転型エンクロージャの等価回路
 追加されるインピーダンスは、ポート内の空気の質量m_pと機械抵抗r_p、及びポートの前方の空気による放射質量m_{ap}と放射抵抗r_{ap}となります。また、並列回路となりますので、各閉回路にそれぞれ振動速度V_1V_2が表れます。
 このような並列回路においては、キルヒホッフの第2法則を利用して解くのが便利です。なお、表記がめんどくさいので、直列しているインピーダンスz_nとまとめて計算します。
 V_1V_2の各閉回路について連立方程式を立式すると、
\begin{cases} F &= z_1V_1+z_2(V_1-V_2) \\ 0 &= z_2(V_2-V_1)+z_3V_2 \end{cases}

 V_1V_2について整理すると、
\begin{cases} F &= (z_1+z_2)V_1 \hspace{30pt} -z_2V_2 \\ 0 &= \hspace{22pt} -z_2V_1+(z_2+z_3)V_2 \end{cases}

 まずV_1を求めます。下の式を移項すると、
V_2=\dfrac{z_2}{z_2+z_3}V_1

 これを上の式に代入し、V_2を消すと、
\begin{align} F &=(z_1+z_2)V_1 - \dfrac{z_2^2}{z_2+z_3}V_1 \\ &= \left\{ (z_1+z_2) - \dfrac{z_2^2}{z_2+z_3} \right\} V_1 \\ V_1 &= \dfrac{F}{(z_1+z_2) - \dfrac{z_2^2}{z_2+z_3}} \end{align}

 \therefore V_1 = \dfrac{z_2+z_3}{(z_1+z_2)(z_2+z_3)-z_2^2}F \tag{26}

 次にV_2を求めます。V_2
V_2=\dfrac{z_2}{z_2+z_3}V_1

でしたので、
\require{cancel} V_2 =\dfrac{z_2}{\cancel{z_2+z_3}} \dfrac{\cancel{z_2+z_3}}{(z_1+z_2)(z_2+z_3)-z_2^2}F

 \therefore V_2 = \dfrac{z_2}{(z_1+z_2)(z_2+z_3)-z_2^2}F \tag{27}

となります。
 そうなると、位相反転型エンクロージャの音圧は、V_1を用いて計算した音圧p_1と、V_2を用いて計算した音圧p_2を足せばよいのではないかと思います。
 違うんです!
 p_1からp_2を引かなければならないのです。つまり、振動板の面積をS_dとしたときの振動板の粒子速度V_1を用いた体積速度S_dV_1から、ポートの開口面積をS_pとしたときのポートの粒子速度V_2を用いた体積速度S_pV_2を引くことになります。先ほど求めたV_2は、ポート内の空気の振動速度ですが、入力となる力Fは振動板へ入力する力と同相の条件で回路が組まれています。しかし実際にはポートに対する力は、振動板に対する力とは逆相になるはずです。そのため、ポート内の空気の振動速度V_2はマイナスしなければつじつまが合わないということになります。
 ということで、トータルの体積速度VSは、
 VS =  S_dV_1-S_pV_2 \tag{28}

となります。
 したがって、位相反転型エンクロージャのスピーカーシステムの音圧は、
 p= j \omega \rho_0 \dfrac{S_dV_1-S_pV_2}{2 \pi x} e^{-jkx} \tag{29}

となります。または、下記のp1とp2を個別に計算して、p1からp2を引いてもOKです。
 \begin{align} p1 &= j \omega \rho_0 \dfrac{S_d}{2 \pi x} \dfrac{z_2+z_3}{(z_1+z_2)(z_2+z_3)-z_2^2}F e^{-jkx}  \\  p2 &= j \omega \rho_0 \dfrac{S_p}{2 \pi x} \dfrac{z_2}{(z_1+z_2)(z_2+z_3)-z_2^2}F e^{-jkx} \end{align}

インピーダンスの表記は省略しています。

6-3.ドロンコーン型エンクロージャ

 ドロンコーン型エンクロージャは、位相反転型エンクロージャのポートの変わりに、磁器回路を持たない振動板を取り付けたエンクロージャです。たいていはドライバーユニットからマグネットやボイスコイルを外し、代わりに調整用のウェイトを付加したものを用います。位相反転型と異なり、放射する部分の面積を大きくとれ、重さやスチフネスも調整できるので、過渡特性の良い低音が出ます。


 ドロンコーン型エンクロージャは、キャビネット内の空気を介して、ドロンコーンの振動板やエッジ等が取り付けられた構造をしていますので、位相反転型と同じ並列回路を用いることができます。よって、等価回路としては下図のようになります。
ドロンコーン型エンクロージャの等価回路
 追加されるインピーダンスは、ドロンコーンの振動系の質量m_dとスチフネスs_d、機械抵抗r_s、及びドロンコーンの振動板の前方の空気による放射質量m_{ad}と放射抵抗r_{ad}となります。
 直列しているインピーダンスz_nとまとめると、実は位相反転型エンクロージャと同じ式になりますので、
 V_1は式(26)、V_2は式(27)、VSは式(28)、スピーカーシステムとしての音圧は式(29)と同じになります。
 ただし、インピーダンスz_3は、バスレフ型が,
 z_3=j \omega (m_p+m_{ap}) + (r_p+r_{ap})

であるのに対し、ドロンコーン型は、
 \require{color} z_3=j \omega (m_d+m_{ad}) + (r_d+r_{ad}) \textcolor{red}{ + \dfrac{s_d} {j \omega}}

となる点が異なります。
 以上のように、等価回路を用いると、インピーダンスを直感的に回路に組み込みやすく、連立方程式の立式もしやすくなるというメリットがあります。
 次回は、EXCELを使って実際に出力音圧の周波数特性を求めてみます。

参考文献

 なお、粒子速度算出のために参考にさせていただいた書籍は下記です。大変分かりやすく、参考になりました。
1. 「電気の回路と音の回路」 ~大賀 寿郎  梶川 嘉延 著~
 本書は大賀先生と梶川先生が初学者向けに書いてくださっている本です。誤記があって、コロナ社のサイトに正誤表があるのですが、正誤表にも誤りや不足があります(と私は思っている)。本当に分かりやすい本なので、個人的に修正版正誤表を作ったのにどっかいってしまった!!
音響入門シリーズ B-3 電気の回路と音の回路 - CD-ROM付 - | コロナ社
2022/11/16
修正版正誤表のデータが出てきましたので、UPします。黄色い部分が修正部分です。
ただし、校閲していませんので、内容の正確さについては不問でお願いします。

修正版正誤表


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